2026.01.07
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東京本染注染は、幕末期に江戸の紺屋が工夫した手ぬぐいの染め方である「注ぎ染め」に起源をもつ、 手仕事の型染めです。初期段階の技法は19世紀半ばには確立されていたとみられます。東京では明治末期以降、ゆかた地にも注染が応用され技が磨かれてきました。等しく型付けし、生地両面に染料を注ぐので、緻密さと深い揺らぎ感をあわせ持つ両面染めとなります。今日では手ぬぐい、ゆかたの他、服飾小物、洋服、インテリア雑貨などへと用途が広がっています。関東注染工業協同組合の「東京本染注染」は、令和5年10月26日付けで、経済産業大臣指定伝統的工芸品となりました。
【主要工程1 型付(かたつけ)】
型枠に張った型紙を生地に下ろし防染糊をヘラで型付けします。糊が置かれた端で正確に生地を折り返し、型付けを繰り返すと生地両面に等しく防染糊が付きます。
【主要工程2 注染(ちゅうせん)】
数反ずつ型付けし、折り重なった生地の上から、口の細長い「ヤカン」に入れた染料を注いで染めます。全体を裏返し裏からも染料を注ぎます。
染めの技法に、「一色染」、一度に多色を染め分ける「差分染(さしわけぞめ)」、違う色の染料をぼかし合わせる「ぼかし染」、重ね染めする「細川染」があります。差分の場合、またぼかし、細川の一部では、糊筒で防染糊の堤防を作り、細かな柄を染める場合は「突き棒」を使って、ていねいに染め上げます。
染めた生地は水洗、天日乾燥して仕上げます。このほか、各工程は基本的に熟練した職人の手仕事で行われています。
江戸時代には綿花栽培と綿織物の国産化が進み木綿手ぬぐいが普及、銭湯でも、またかぶり物代わりにも使われて、一種の装身具ともなりました。江戸では歌舞伎役者や趣味人が好みの意匠をあつらえ染めした手ぬぐいも作られ、配り物ともされました。そのような背景から、江戸では幕末期から、手ぬぐいの注染(注ぎ込染)が始まりました。明治期以降注染の普及に伴い、こだわりのある意匠を染めた別注手ぬぐいの配り物は一般商工業者にも広がり、市販商品の手ぬぐいも充実していきました。
入浴後の身拭いの実用から出発し、江戸時代には「湯上がりの着物」として発展、夏の夕べのくつろぎ着ともなりました。明治時代に入り夏の普段着として定着しました。江戸から継承された長板中形技法で染めたゆかた地は東京の特産品でしたが、明治後期に注染のゆかた地への応用が始まりました。昭和初期には注染が東京のゆかた地の代表格となり、モダンな都市生活に相応しい夏の装いとして愛用されました。今日でもカジュアルな夏の着物として、特に花火大会やお祭り等の夏の行事で多く着用されています。また旅館等の宿泊施設での寝間着・館内着としても使われています。ゆかた地(反物)は、ゆかたに仕立てるほか、シャツなどの洋服や、袋物などの小物への応用も試みられています。
関東注染工業協同組合は、注染制作に携わる関東圏の注染、和晒、整理仕上げの事業者を組合員とし、昭和26年(1951)に設立されました。令和4年(2022)には賛助会員の制度を設け、注染製品を扱う問屋、販売業者等が賛助会員として加わりました。
当組合では先人たちが築いてきた技術技法を継承して、注染による様々な作品制作に取り組んでいます。また東京本染注染がさらに多くの人びとの生活に身近なものとなるよう、その技法と魅力を紹介する活動を行っています。
会員 |
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| 旭染工株式会社 | 〒121-0061 東京都足立区花畑2丁目14番6号 |
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| 有限会社 伊勢保染工所 | 〒132-0031 東京都江戸川区松島2丁目19番11号 |
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| 株式会社鍵善 | 〒124-0011 東京都葛飾区四つ木1丁目25-15 |
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| 清水染工株式会社 | 〒121-0815 東京都足立区島根3丁目20-17 |
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| 東京和晒株式会社 | 〒124-0012 東京都葛飾区立石4-14-9 |
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| 株式会社中川染工場 | 〒321-0967 栃木県宇都宮市錦1丁目562番地 |
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| 有限会社 中村染工場 | 〒370-0816 群馬県高崎市常盤町40番地 |
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| 有限会社 村井染工場 | 〒132-0024 東京都江戸川区一之江6-17-27 |
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| 株式会社Ritt’s&Go | 〒120-0035 東京都足立区千住中居町30番4号 |
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